シリケート物質

 シリコン(Si)は酸素に次いで地球表層で二番目に多い元素であり,シリカ(SiO2)をベースとするシリケート鉱物は,岩石,土壌,生物の骨格・殻などで普遍的に見られる。その中で「結晶質シリケート」(石英,雲母など)の知見は深められてきたが,結晶構造の周期性が乏しい「低結晶質シリケート」には未解明な点が比較的多く存在する。例えば,Caを含む低結晶質物質のCalcium Silicate Hydrates(C-S-H)にはセメントを硬化させる役割があるが,ポルトランドセメントの研究開発200年を経て近年ようやく物性の理解や生成の予測が可能になってきた。
そこで本研究では,最近注目され始めたMgを含む低結晶質鉱物Magnesium Silicate Hydrates(M-S-H)を扱う。M-S-Hは,
地球工学的諸問題における重要な鍵を握っていると考えられる。

M-S-Hが生成される地球工学的フィールド

・放射性廃棄物の地層処分におけるバリア材変質

放射性廃棄物の地層処分(地下300 m以深)には,廃棄物の人工バリア材としてセメントとベントナイトの使用が予定されているものがる。特にベントナイトには放射性核種の移行を遅延するなどの緩衝材としての役割があるが,地下水の浸出によりセメントと粘土の界面付近でM-S-Hが生成し,バリア材が変質・劣化してしまう可能性がある。バリア材におけるM-S-Hの生成速度・生成量を見積り,M-S-Hが緩衝材としての機能に与える影響を評価していくことが必要となる。

・二酸化炭素の地中貯留における鉱物固定阻害

二酸化炭素の地中での固定法の一つに,鉱物固定(地下に注入したCO2が間隙水中のCa2+, Mg2+と化合し,CaCO3, MgCO3などの組成を持つ炭酸塩鉱物の形成で固定化されること)を期待している。ここで従来では未検討のM-S-Hを加味し,間隙水中で溶存SiO2がMg2+化合して鉱物形成する場合も定量的に予測できれば,炭酸塩鉱物の生成量・CO2固定量のより正確な評価に貢献することになる。

・地熱発電の熱水配管中でのスケール形成

地熱発電では,地熱貯留層(200–300 ℃)から地表付近に汲み上げられた熱水(100 ℃)から鉱物が析出し,それが熱水配管を閉塞させてしまうことで地熱発電の操業を困難にさせている。そこではSiO2, CaCO3といった組成の既知鉱物のほかMg, Siからなる析出物も確認されるケースもあり,本研究でM-S-Hの生成予測が予めできれば,管閉塞に対する適切な対策工法に導くことができる。

・石油増進回収

石油増進回収は油田に残存する石油を押し出すために外部から流体を注入する手法であるが、加えた流体が化学的に鉱物形成を引き起こして油層中の空隙を閉塞させてしまい、逆に採油できなくなるとして、世界中で問題視されている。従来ではその生成鉱物を炭酸塩/硫酸塩鉱物と認識していたが、最近ではM-S-Hのようなケイ酸マグネシウムの生成も検討され始めている。本研究によって、流体注入の前に地球化学反応モデルを用いた仮想上の貯留層で鉱物形成反応の予測が達成できれば、空隙閉塞を抑制させるように流体注入を設計することが可能となり、経済的かつ持続的な石油開発に貢献できる。

・MgOを用いた汚染土壌の不溶化

ホウ素やヒ素などの汚染土壌から有害物質が帯水層中へ拡散することを防ぐため,酸化マグネシウムなどの不溶化材を用いた処理をすることがある。そこでは,これまでMgOと有害元素,もしくはMg(OH)2と有害元素の相互作用が考えられてきた。しかし,土壌中に存在するシリカとMgOの反応でM-S-Hが生成することも考え,M-S-Hが有害元素に対してどのような収着特性を有しているのかを明らかにできれば,有害元素の固定化に関して正確に予測することができる。

研究目的

実験的手法や計算科学的手法を用い,様々な場面で卑近に登場することが考えられるM-S-Hの正体(組成,構造,物理化学的性質等)や生成条件の全容解明を行う。実際に天然で産するM-S-Hも検討対象とすることで,実験的に合成されるM-S-Hとの物性の比較や生成条件の検証を行い,M-S-Hのロバストな理解とその影響評価に近づけることを目標とする。

研究内容

・様々な組成のM-S-Hの合成

・合成M-S-Hのキャラクタリゼーション

・分子動力学的計算による構造推定

・地球化学反応モデリングによるM-S-H生成のシミュレーション

・天然に産するM-S-Hの探査と現地調査

・有害物質の隔離に対するM-S-H生成の影響評価